永遠のミューズ、秘密の恋
蠍座×「燃ゆる女の肖像」
今月の星座の気分を目覚めさせる一本の映画を肴に、あなたの魂を養うメッセージをお届けする星占い×映画レビュー。
今回取り上げる映画は、18世紀のフランスを舞台にしたクィア・ロマンス「燃ゆる女の肖像」。
世界を一気に潤いと幸福で満たしてしまう、運命の恋。
その圧倒的輝きと、喪失の物語。
2019年公開のフランス映画「燃ゆる女の肖像」は、同年のカンヌ映画祭で脚本賞とクイア・パルム賞を受賞した話題作。
舞台は18世紀フランス。ブルターニュの孤島の屋敷に住む令嬢エロイーズと、彼女の母親から依頼を受け、結婚を控えたエロイーズの肖像画を描きに来た女画家マリアンヌ。
まだ女性の社会的自由度がかなり制限されていた時代。
若く、それぞれに感性豊かで美しい二人の女性が出会い、共鳴し、惹かれ合っていく様を、まさに絵画のように繊細な映像で写し取った作品だ。
BGMなしの演出や、主要登場人物のすべてが女性であるという構成も面白く、身分社会の内側を生きる、声なき……しかし、意志も感情も持ったさまざまな立場の女たちの心が、抑えた表現の向こうに透けて見える。
コルセットや、しきたりや、規律の抑圧にもがいているふたりの女が、ほんの短いひととき、人生の夏休みのような幻の時間に、期限付きの恋に出会ってしまう。
結婚の決まっている伯爵令嬢と、彼女の家族に雇われただけの画家。ふたりは身分も違えば、生き方もまるで違う。おまけに同性同士。女性がひとりで生きていくことすらままならない時代。お互いに惹かれているという感情以外に、なんの未来もみえない、それはあまりに儚い恋だった。
2021年10月24日から11月22日は、蠍座のシーズン。この時期は、蠍座生まれの人だけでなくすべての人にとって、自分の最も深い感情に向き合うとき。
自ら選んだわけでもない環境や、時代や、縁を「運命」と呼ぶとして、自力ではどうにもならない「運命」にわたしたちはどう向き合っていくのか。
蠍座の世界は、こうした運命的なものに相対するときに生じる、人間の奥深い感情のさまざまなスペクトラムでつくられている。
「逃れられない運命」の最たるものは、ご存知の通り「死」だ。
もう少し幅を広げて言い換えると、「始まったものは必ず終りを迎える」と言ってもいい。
こうした「死」や「運命」や「終わり」に対して否定も服従もせず、ハートの情熱を貫いて生きようとするのが、蠍座の誇り高い精神だ。
普段意識していようといまいと、わたしたちは生まれてから死ぬまでという限定の時間を生きている。
愛するものや、心地よいものに出会ったら、その関係を限りなく長く継続したいとわたしたちは望むけれど、永遠ではないことは分かっている。
わたしが飽きるか、あなたが去るか、お互いの人間的成長のペースが違えば、関係は崩れていく。
心が寄り添っていても、「運命」がふたりを引き裂くこともある。
そのすべてを乗り越えても「死」がいつかふたりを分かつのだから。
愛情を求めれば、傷つくことになる。
なにかを手に入れることは、必ずいつかそれを失うこととセットだ。
生まれることは、すなわち死ぬことだ。
それはあたりまえで、とても自然なこと。
だけど、そのあたりまえにわたしたちの感情は揺れるし、傷つく。
ないとわかっている永遠をそれでも求める。
ならば激しい恋情は、運命へのせめてもの抵抗と呼べるかもしれない。
マリアンヌとエロイーズの場合、その恋の儚さは最初からあまりにも明白だった。
修道院から結婚のために呼び戻され、嫁ぎ先のミラノへ行くまでの、いわば少女時代の終わり、最後の自由のときを過ごすエロイーズは、選択肢のない自分の人生に怒っている。
会ったこともない、「ミラノの男」という情報しかない相手に、急死した姉の代わりに嫁がされることを、受け入れたくない。
一方のマリアンヌはこの時代には珍しい女性画家。
絵の技法を教えてくれ、サポートもしてくれる父親に恵まれた、いわばキャリアウーマンであり、一生結婚するつもりはないと言い切れてしまうくらいだ。
マリアンヌに肖像画の依頼が回ってきたのは、最初に依頼された男性の肖像画家をエロイーズが徹底的に拒否したからで、
同じ年頃の女性画家のほうがなにかとうまくいくだろうという目論見だ。
その計算通りに、画家であることを隠して、話し相手兼散歩のお目付け役として紹介されたマリアンヌに、エロイーズはすこしずつ心をひらいていく。
知的で教養もあり、自立した人生を生きるマリアンヌは、エロイーズにとっていわば自由の象徴だ。
自分には選べない人生を生きることへの、憧れもあったろう。
でもなによりもエロイーズの心を掻き立てたのは、自分を見つめるマリアンヌの熱心な瞳。
誰かに、熱心に見つめられるというのは、格別な感覚だ。
特に今まで、伯爵令嬢という立場としてしか認識されなかったエロイーズにとっては、誰かが自分を……エロイーズ自身を、興味をもって真剣に見つめ、目線を離さないというのは、幸せな驚きだったに違いない。
しかし実際のところは、マリアンヌは肖像画を描くという仕事のためにエロイーズを見つめていた。
嬉しくなって、心を開いてしまったのに、相手が本気でなかったら?
ふつうならば、恥じ入るか、がっかりするか、怒るか。
マリアンヌの正体を知り、熱心な瞳が、尊敬や恋慕ではなく、ただの仕事だったと知ってからのエロイーズが、実にいい。
あくまでもプロの画家として、大人の距離感で、丁寧に接してくるマリアンヌに、エロイーズは伯爵令嬢としてのポジショントークを返さない。
肖像画を受け取って、お互いの立場を崩さないまま別れれば、それで二人の縁は終わりだ。
だけど、一方的に好意を抱かされたまま、マリアンヌだけ大人ぶった顔で、このまま逃げるなんて許せない。
本気にさせてやる、と言わんばかりのエロイーズの勝ち気さは、ああ、まさにこれこそ、恋愛のはじまりだ、と思わせる。
勇気とプライドをもって、一歩踏み出す。相手の本気を引き出す賭けにでる。
恋はいつだって、そうやって進展する。
「恋愛はコスパが悪い」なんて言葉を聞くことがある。
だけど、たしかに心が通じた、この人だ! と思えるひとりに本気で向き合うことは、「コストパフォーマンス」なんてビジネスライクな言葉で片付けられる次元を遥かに越えた、意味がある。
得をするために恋愛するわけではない。
むしろ、自らの立場や仕事や生活を逸脱して、積極的に損をしにいくことこそ、恋愛の本質だ。
その意味で、恋とは運命に反逆することだ。
たとえひとときでも。悲しい別れに終わったとしても。恋することは、運命以外のものが世界にはあって、あらゆる格差を超えて心はつながれると高らかに証明することだ。
さて、この映画には、通奏低音のように「死」のイメージが漂っている。
しかしその「死」はおどろおどろしいものではなく、生命力あふれるブルターニュの海や土地、太陽の光や、女たちの生活のなかに、あたりまえにあるものとしてのイメージだ。
結婚を嫌い、崖から落ちて死んだエロイーズの姉。女たちのコミュニティの知恵として、望まぬ妊娠をした仲間に施される堕胎。
そして、エロイーズが読み聞かせる「オルフェウス神話」。
死や別れは自然の一部だ。それらを忌避するのではなく、抱きしめること。受け入れること。
それは、命を育むことも、堕胎することも、自分の体ごと、まったくの当事者として向き合わざるを得ない、女性性のもっているテーマでもある。
そして同時にこの「死」のイメージが、マリアンヌとエロイーズの短い恋の終わりを、最終期限のそのときを、運命の足音を、忘れてはならないと警告する。
マリアンヌは画家としてのパリの生活を捨てられないし、エロイーズも伯爵家に生まれた娘としての責務と恩恵を捨てられない。
世捨て人になれないのなら、別れるしかない。
それでも、ただの遊びだったと割り切りたくはない。罪悪感も後悔もなく、本気の恋をしたと胸の中で誇りたい。
ならば、最後の瞬間、別れの瞬間の痛みを正面から抱きしめて、覚えておこう。
本物だったから、痛いのだ。
詩人のリルケは、喪失は所有を確固たるものにする「第二の獲得」「まったく内面的な、一段とまさって強烈な獲得」であると言っている。
ふたりの恋は終わり、その代わりに忘れられない大切な思い出が生まれた。
エロイーズはマリアンヌの永遠のミューズになり、芸術的モチーフになって彼女の心に住み続ける。
マリアンヌもまた、エロイーズの自由への情熱、少女時代のシンボルになって、彼女の心を慰め続けるだろう。
ふたりの恋は運命の向こう側で、永遠になった。
今月の名作
『燃ゆる女の肖像』
カンヌ国際映画祭脚本賞&女性監督初となるクィア・パルム賞の2冠に輝く。
秘められた激しい愛の物語は、世界の名だたる女優や監督が絶賛することとなった。
日本では2020年12月に公開された。
ブルーレイ&DVD発売中、その他U-NEXTなどで配信中。
発売元/販売元:ギャガ
©2019 Lilies Films / Hold-Up Films & Productions / Arte France Cinéma
岡崎直子/元・大手出版社社員。社員編集者からフリーライター期間を通して雑誌・新聞・書籍等で主にファッション系記事を執筆。
同時に占い師として複数の雑誌で連載を経験。
現在はYouTube、note等での情報発信およびオンラインでの占星学クラス等を開催。
https://www.youtube.com/channel/UCkBYHQILkcdeel-0KD7jbAQ
https://note.com/naokookazaki
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