星座とシネマ

自分が何者かは自分で決める
乙女座×「ボヘミアン・ラプソディ」

2021.08.24

今月の星座の気分を目覚めさせる一本の映画を肴に、あなたの魂を養うメッセージをお届けする星占い×映画レビュー。
今回取り上げる映画は、社会現象にもなった大ヒット作「ボヘミアン・ラプソディ」。
完璧なステージのために全身全霊を捧げた、伝説のロックスターの物語。

written by Naoko Okazaki

2018年に公開され、世界的大ヒットを記録した「ボヘミアン・ラプソディ」。伝説的ロックバンド「クイーン」の1970年のバンド結成から1985年のライブ・エイド出演までの15年を、ボーカル、フレディ・マーキュリーを主役に描いた映画である。

実在の、しかも当時からのファンがまだまだ健在なスーパースターについての映画をつくるというのは、控えめに言ってもリスクのある、勇気のいる企画だ。
実際、熱心なクイーンファンや批評家からは「出来事の順序が違っている」「フレディを一面的に描きすぎている」などのクレームも上がっている。

しかしそんな情報通や専門家の意見をよそに、映画は一般の観客からの圧倒的支持をうけ各国でヒットし、「2018年のナンバーワン」「生涯のベストムービーのひとつ」という声もそこここで聞かれる。
この状況そのものが、映画のタイトルにもなっているクイーンの実験的名曲「ボヘミアン・ラプソディ」への評価をリフレインするようで面白い。

オペラ・パートを含んだ“必要以上に”複雑な構成、呪文のような“意味不明の”歌詞、6分もの“冗長な”音楽……発売当初の「ボヘミアン・ラプソディ」について音楽批評家たちが書いた辛辣なレビューの数々に反して、この楽曲は全英音楽チャートで9週連続一位を獲得し、大衆から熱烈に受け入れられたのだ。

批評家は無能なのだとか、クイーンは大衆の味方だとか、そういう単純な話をしたいわけではない。
そうではなく、勉強家で、物を知っていて、正しく客観的な評価を下そうという人々があえて見ないようにしている「熱」を、何気なくラジオを聞き流している無邪気なリスナーたちはごくストレートに受け取る、ということなのだ。

スーパースターの伝説はいわば現代の神話だ。

登場人物は同時代を生きている実際の人間。だから完全に善悪で塗り分けることはできない。それでも、いや、だからこそ、完璧ではない生きた人間がスターダムを駆け上っていく激しいエネルギーは、私たちの心の奥底の「なにか」をひどく揺さぶる。
荒唐無稽で、善悪が判然としない神話世界を「正しく」解釈しようとするならば、思いを入れず一定の距離をおいて検証する必要がある。

しかし、神話の持っている本当のパワー、本当の奇跡に触れたいのなら、計算をやめて、「なにか」の予感を信じて、その世界に飛び込まなければならない。
その映画、その音楽にどっぷり浸かって、「熱」が自分のハートに火をつけ、「つまらないことばかり」という鬱屈を焼き尽くしてしまうのを、身を持って味わうしかない。それは、聖なる体験だ。

2021年8月23日~9月22日、乙女座の季節。実は乙女座は、この「批評家」と「熱狂者」の両方の精神を併せ持つ星座。乙女座のシーズンは、乙女座生まれのみならず、すべての人々にとって自分の中のこうした矛盾に向き合い、信念を再確認するシーズンだ。

乙女座は12星座の真ん中、6番目の星座であり、個としての自分を完成させようとする意識を担う。
牡羊座でおぎゃーと生まれた生命が、シンプルな、生き物としての命を象徴していたのに対して、乙女座は「自分とは何者なのか」という後天的な自己定義を、内側と外側の両方に向けて追求する。

わたしたちがなぜ、自分が何者なのかに悩むのかと言えば、自分が認識している自分と、外から見られている自分にズレが生じるからだ。
ヒースロー空港でアルバイトをするインド系移民の青年が、心のなかではスタジアムを歓声で埋め尽くすロックスターであったように。

その真実が日の目を見ないかぎり、わたしたちは、自分だけが知っている「真実」と、外側に出ている部分だけでつくられた「現実」とのギャップに苦しむことになる。
そして「冷静に現実をみろ」と言う批評家と、内なる理想の正統さを頑固なまでに信じている熱狂者が、自分の内側でも外側でも鋭く対立することになる。

類まれな音楽の才能に恵まれたインド系移民の子、ファルーク・バルサラは、1970年にフレディ・マーキュリーとして自分を再定義した。
あるべき人生を手に入れるために。批評家と熱狂者の分裂で自分がバラバラになってしまう前に。現実を変えるために。

どう生まれたかではなく、どう生きるか。

理想への道を歩き始めたフレディは、ゆえにそれ以降「現実」と戦い続ける人生を送ることになる。

映画の序盤、バンドメンバーや恋人のメアリーを実家に招いて食事会をするシーンがある。ロンドンに移り住む以前、ザンジバル島(現タンザニア)に暮らしていたころのアルバムを楽しそうに見せる母親、祖国の歴史を披露する父親に心底嫌そうに背を向けるフレディが描かれる。

盛り上がる友人と家族に背を向け、フレディはひとり、ピアノを弾きながら歌う。

「ハッピーバースデー・トゥー・ミー ハッピーバースデー・ミスター・マーキュリー」

聞きたくない会話をかき消すように歌い上げたフレディに、父親が苛立って言う。

「名字まで不満なのか」

「ただの芸名よ」

と取りなす母親にフレディは間髪入れずきっぱり告げる。

「ノー。正式に改名した。パスポートもね」

家族の歴史や、民族の歴史に背を向け、「未来しか見ない」と言い切った息子に、父親は絶句する。

ボヘミアン・ラプソディのAメロの歌詞は「ママ、人を殺してしまった」とはじまる。詩を文字通りに読めば、この曲は貧しい境遇の若者が過ちを犯して苦しんでいる話だ。

謎解きに熱心なファンからは、実はフレディ自身のセクシャリティを告白する歌であるとか、祖国や民族の伝統を守るいい子としての自分を捨てた話であるとか、さまざまに分析されている。

さすらい人の(Bohemian)狂詩曲(Rhapsody)というタイトルもミステリアスだ。
祖国を追われ、流浪の民となり、移民としてイギリスにたどり着いたフレディの一家を連想する人も多いが、もっと普遍的な意味にも読み取れる。

わたしたちは皆、子供時代から思春期を経て、大人になる過程の中で何度も自分を作り変える。親友に出会うとか、夢を追うというようなポジティブな影響も、学校や周囲に馴染めなかったり、トラウマを受けたりといった、ネガティブな影響もある。

家族しか知らなかった子供が、友達といるときのわたし、学校にいるときのわたし、音楽にハマっているときのわたし、恋をしているときのわたし……と、どんどん複雑になっていく。

人間は誰しも、さまざまな性格の「わたし」を放浪するボヘミアンで、人生は繋がりのない断片的なエピソードをかき集めた、定形のないラプソディだ。

ならば「ママ、人を殺してしまった」と嘆く主人公が、殺した相手とは誰だろう。
幻惑的な歌詞の解釈は「リスナーに委ねる」とクイーンの面々も言っているから、ここでも勝手に解釈してみよう。

殺されたのは、ファルーク・バルサラなのだろうか? 

家族に愛されて、慎ましくも幸せに生きていた内気な移民の少年。フレディになる前のフレディ。
そうかもしれない。それで、スターになったけれど、家族や出自を否定したことで葛藤している、という解釈も成り立つ。

しかしボヘミアン・ラプソディが発売されたのは、1975年。チャート1位はまだ獲得したことがない、そこそこのバンドだったクイーンは、この楽曲ではじめて、英国音楽チャート9週連続1位を達成し、本物のスーパースターの仲間入りを果たすことになる。

まだまだこれから、夢に向かってのし上がろうとしていた若者、まだ成功する前の彼が、家族の反対を押し切ったことをこんな早々に悔やむだろうか。

批評家たちの冷笑をものともせず、ボヘミアン・ラプソディは記録的な大ヒットになった。ラジオから流れるこの音楽に、本当にたくさんの人々の心を突き刺すものがあったからだ。そして音楽史に遺る名曲として、今でも多くの人々に愛され続けている。

ならばそこには個人的な思いを超えた、人間の魂を一瞬で共感させてしまう本質が込められているはずだ。

殺されたのは、フレディ・マーキュリーの方だと私は思う。

あるいは「夢」「理想」と呼んでもいい。

夢の抹殺。それこそ、ほとんどすべての人間に身に覚えがあるであろう、もっともありふれた完全犯罪だ。

「ロックスターになるなんて無理だ、諦めろ」と他でもない自分が自分に言うときに、「自分はただの貧しい少年で、誰にも愛されない」と自分に呪いをかけるときに、わたしたちは自分にとっての“フレディ・マーキュリー”、こうありたい自分、理想の自分を、心のなかで密かに抹殺するのだ。

だから、「人生は始まったばかりなのに、台無しにしてしまった」と、この歌の主人公は嘆く。
誰にもバレなくても、自分だけは知っている。恐れに負けて、あろうことか自分で自分を殺すことを選んだのだと。

理想や夢を否定してしまったら、あとに残るのはただシステマティックに過ぎていく時間と、薄っぺらな利害関係だけだ。なにを見てもなにをしても本気になれない、空虚な人生だけだ。

事実なのか演出なのかは分からないが、映画の中のフレディは、最初にブライアン・メイとロジャー・テイラーに自分を売り込んだそのときから、すでにスターになる覚悟を決めているように見える。

ロッカー“っぽくない”出自や、欧米では“貧しさ”のイメージでもある歯並びの悪さや、繊細そうな性格や、バンドにのめり込む息子にいい顔をしない父親や……そういったさまざまな、スターを「目指さない」言い訳に使えそうなあれこれを、もはや言い訳にはしないと堅く誓っているように、迷いがない。

それまで、アートカレッジでデザインを学ぶ、ただの音楽好きだったことを思えば、ファルーク少年はかつて自分の夢を諦めたことがあるのかもしれない。

叶うはずはないと夢を遠ざけて生きてきた時間があるからこそ、「フレディ・マーキュリー」をもう一度呼び戻したとき、もう二度とこの理想を手放すことがないように、覚悟をきめたのかもしれない。

「フレディ・マーキュリー」は、すべての理想がそうであるように、美しい。
それは、真っ白なシャツや、薄く繊細な細工のグラスにも似た、張り詰めた緊張感を伴う、危うい魅力でもある。
「理想」はあまりに純粋で、この世の混沌の中に置いたら、一瞬で汚されて、粉々に壊れてしまいそうに儚い。

それをステージの上で壊れるギリギリまで、圧倒的熱力で爆発させてみせる。観客は魅了される。あんなにも繊細な人が、なぜここまで強く大胆になれるのかと。

しかし誰も、24時間365日理想を体現し続けることはできない。
かつてフレディと愛人関係にあったポールが語るように「ただの、孤独を恐れるパキスタンの少年」である彼もまた、まぎれもない事実だ。
汚れたり、曇ったりして完璧ではない彼を、そのまま見て、愛してくれる家族と友達を必要としている。誰もが、そうであるように。

幸いなことに、彼はそれに恵まれた。どうしたって最後まで彼を愛している両親と妹、生涯の友となったメアリー、ようやく見つけた本当の恋人ジム、そしてもはや家族のように何でも言い合えるクイーンのバンドメンバー。

フレディ・マーキュリーはかつて、ファルーク・バルサラの見た夢だった。

それが映画のラスト、1985年のライブ・エイドのステージでは、10万人の観客の前で(中継を含めれば全世界15億人もの観客)生きた伝説を見せつける。

フレディの一挙手一投足に、10万人が呼応する。

理想の自分、なりたい自分になること。
その夢に向かって努力するのは自分だが、その夢を叶えてくれるのは実は他人だ。

ファルークが見たフレディ・マーキュリーはみんなの夢になった。

理想を24時間体現し続けることは不可能でも、20分のライブステージで、地上に天国をつくることはできる。それは小さくとも、夢が現実に勝利した瞬間だ。

だから、「俺たちは勝者だ、友よ」とフレディは歌う。理想を葬り去れという、内外の脅しに屈せず生きること自体がすでに勝利だから。

「俺が何者かは俺が決める。俺が生まれた理由、それはパフォーマーだ。皆に望むものを与える。最高の天国を。それがフレディ・マーキュリーだ」

今月の名作

『ボヘミアン・ラプソディ』
世界的ヒットの中、日本では2018年公開映画でトップの興行収入130億円を突破、社会現象に。第76回ゴールデングローブ賞では最優秀作品賞、最優秀男優賞を受賞。第91回アカデミー賞では5部門にノミネート、最多の4部門で受賞。
ブルーレイ発売中 / デジタル配信中
© 2020 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC.
発売/ウォルト・ディズニー・ジャパン

岡崎直子/元・大手出版社社員。社員編集者からフリーライター期間を通して雑誌・新聞・書籍等で主にファッション系記事を執筆。
同時に占い師として複数の雑誌で連載を経験。
現在はYouTube、note等での情報発信およびオンラインでの占星学クラス等を開催。
https://www.youtube.com/channel/UCkBYHQILkcdeel-0KD7jbAQ
https://note.com/naokookazaki

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