星座とシネマ

すべてがかけがえのないピース
双子座×「メッセージ」

2021.05.20

今月の星座の気分を目覚めさせる一本の映画を肴に、あなたの魂を養うメッセージをお届けする星占い×映画レビュー。
今回取り上げる映画は、時間と言語についての哲学的SF「メッセージ」。
未知に心を開き、すべての体験を抱きしめる、好奇心と情熱が導く新しい知性とは——。

written by Naoko Okazaki

たとえば日本語では「蝶」と「蛾」というのはまったくイメージの違う昆虫だ。
昼の花畑を優雅に舞う蝶の美しいイメージに対して、
蛾と言われれば夜の街灯にたかる地味な色をした、どちらかと言えば嫌なイメージの虫である。
ところがフランス語で「パピヨン」と言えば、蝶と蛾を両方含んでいる。
そのふたつに明確なイメージの差はなく、単に昼によくみるパピヨンと、夜によくみるパピヨンがいるだけだ。

一方、日本語で「うさぎ」と言えば、何色をしていようと、ペットだろうと、野にいようと「うさぎ」だ。
白いのは白うさぎ、野にいるのは野うさぎ、なんにせようさぎはうさぎである。
しかしフランス語では家うさぎは「ラパン」(白のイメージ)で、野うさぎは「リヴィエール」(茶色のイメージで、農作物を荒らす害獣)。
このふたつには明確なイメージの差があって、(日本人にとっての蝶と蛾のように)まったく相容れない別物だ。

言葉というのは実に不思議だ。フランス人には、日本人に明確に感じられる蝶と蛾の違いが分からない。
もちろん、説明されれば理解できるだろうけど、説明されるまで、その違いを意識することはない。
同じように日本人には、フランス人にとってあたりまえの、ラパンとリヴィエールの違いが分からない。
そのような区別で世界を見たことがないから、日本語話者の見ている世界の中には、そんな境界線はそもそも存在しないのだ。

わたしたちは同じ世界に住んでいるようでいて、そうではない。

人間は、自分の見ているようにしか、世界を見ていない。あなたに見えているものがわたしには見えない。
だとするならば、「現実」とはいったいなんだろう? それはふだん無防備に信じているほど、確かなものではない。

外国語や、未知のジャンルを学ぶということは、単に情報を増やすことではない。わたしたちは言葉を知ることで目のまえにある世界についての、今まで見えていなかった新しい見方をインストールする。
そこから別の世界が開け、物事はもう、その見方を知る前と同じようには見えない。ひとつひとつの出来事の意味が変わってしまう。

2021年5月21日から6月21日、双子座の季節。
双子座生まれの人だけでなく、すべての人にとって、コミュニケーションと言語、そして知性が刺激される季節。
双子座の精神はよちよち歩きをはじめた子供が、親の制止を振り切り、安全柵を超え、好奇心に従って行動し始める、あの感覚になぞらえられる。
「知りたい」という原初の欲求が、そこにはある。

あなたが感じていること、あなたが見ているものを知りたい。
だけど決して直接に知ることのできないその心を知るために、わたしたちは共通の価値観を作り、名付け、「言葉」に頼る。

2017年公開のSF映画「メッセージ(原題:Arrival)」は、
言語の習得が個人の思考に影響を及ぼす、という言語学界の「サピア=ウォーフの仮説」を下敷きにした異色作。

ある日突如として地上に現れた12基の宇宙船と、謎の地球外生命体。
米軍に雇われた言語学者のルイーズと物理学者のイアンは、「彼ら」がなんの目的で地球にやってきたのか、その真意を探るために奮闘する。
地球上のいかなる言語も解さない「彼ら」とどうやってコミュニケーションを確立していくのか。
真意のしれない来訪者に世界中が終末のようなパニックに陥るなか、ルイーズは少しずつ、「彼ら」のまったく異質な言語を学んでゆく。

ルイーズを演じるのはディズニー映画「魔法にかけられて」でプリンセス役を演じたエイミー・アダムス。
真面目で繊細な感性の持ち主だが気骨のある学者、ルイーズの抑えた情熱を好演している。

SF映画の面白いところは、最新の学説やまだ実証されていない科学的アイディアをIFのストーリーのなかでふんだんに展開できるところ。フィクションをつかって思考実験できるのだ。

この映画が出色なのは、「もしも地球人より遥かに進化した宇宙人がやってきたら?」というSFの大定番のテーゼに対して、「そうなったら世界はパニックに陥るだろう」とか「国際外交の問題と似たような利害問題が、星間外交でもおきるだろう」といったありがちな答えで終わらないところだ。

宇宙人来訪によるドタバタ劇だけでも無数の物語が作れるだろうし、作られてきたけれど、「未知の知的生命体とコミュニケーションを取るということは、彼らのものの見方がわたしたちにも影響するということだ」という、言語学的な観点に着目した映画は、寡聞にして他に知らない。

言葉を学び、意志を疎通するということは、水にインクを落とすように、後戻りのきかない行為だ。
知る、ということは、知らなかったころの自分の心や、そのころの心で見た世界の有り様を失うということなのだ。
知る、とは、変化する、の別名に他ならない。

言語学者であるルイーズは、それを知っていたはずだけど、今回のミッションは地球上のどの言語集団とも違う、
ヒントもとっかかりも類推できる近隣文化もない、まったく未知の知性とのコンタクトを確立するという、まさに無理ゲー。
軍部からせっつかれながら必死に「彼ら」の言語を解読する内に、ルイーズ自身の意識に否応なく「新しい世界の見方」が生まれてゆくのだが、そのことに彼女はなかなか気づかない。あまりにも、予想外の変化であるがゆえに。

さて、ふつう書き文字というのは、左から右、あるいは右から左、上から下、というように一直線上に書かれる。
パソコンの画面上にせよ、紙の上にせよ、人間の情報処理はたいてい2D上で行われるので、便宜上そうなる(3Dの人間が、2D上に、1Dで整理する)。
紀元前の石版上でも、最新のコンピュータのディスプレイでも、人類がずっと変わらずに続けてきた「線形的な情報処理」である。

一直線に文字を書き連ねていくということは、「私は・きのう・朝ごはんを・食べました」「I・ate・breakfast・yesterday」というように、物事を順々に整理していく感覚を生み出す。

いつ、どこで、だれが、なにをした。単語は重なり合うことなく、ひとつひとつ順番に並べられる。
だから長い文章を書くのにはそれなりに時間がかかるし、書き始めと書き終わりが存在する。時系列順の整然とした因果関係がそこにはある。
わたしたちにとっては、あたりまえすぎるくらいあたりまえのことだ。

ところが「彼ら」の文字は、中空に向かって吐き出された墨のようなもので一気に、頭から終わりまでの全体がすべて同時に書かれる。
だから簡単な一単語も、複雑な長文も、書くために必要な時間は変わらない。どちらも一瞬だ。
彼らにとって「ディスプレイ」は3Dの空間。その文字は書家の描く円形のアートのようなデザインで、2Dの絵画のようだ。
そして、全体が一気に描かれるのだから、そこにははじまりもおわりも、並び順もない。

はじまりも、おわりも、並び順もない。
その言葉で世界を見る知性の、ものの見方、世界の捉え方とは。

彫刻家が木片や石材から、見事な像を彫り出すのを見ると衝撃を受ける。あるいは即興演奏のミュージシャンたちが、簡単なコードを決めただけで見事なジャムセッションを創り上げるのを見ると、あまりの感動に圧倒されてしまう。
その像は、その音楽は、いったいどこからやってきたのか?
だって相談したわけでも、設計図を書いたわけでもないのに、頭の中のどこかに最終的な完成図のイメージがなければそんなことは不可能だ。
それなのにその完成図というのは、今まさに創られている最中のはずなのだ。

これから私が創ることになる作品の完成図。やがてわたしが到達することになる未来のイメージ。
それを行動に先んじてキャッチすることを「直観」と呼ぶ。

アートや研究やスポーツの一流の人々は、よくこの直観について語る。
作品の完成形、研究のアイディア、試合でのベストプレイは、「降りてくる」のだ。
ヴィジョンが先にあり、肉体はそれをなぞるだけ。作曲される前に曲はあり、勝つ前に勝利がある。
直観は、時間の因果を超えているのだ。

「彼ら」の「非線形的な知性」は、物事が時系列順に並ばなくてもかまわない「見方」をルイーズに伝える。

繰り返し再生される白昼夢。人間らしい論理性(常識的な世界の見方)がふっと緩む夢の中で、ルイーズがキャッチするインスピレーションは映画が進むごとにどんどん明晰さを増していく。

全体像が先にある。ならば、求めている答えも、今するべきことも、ルイーズはすでに知っているはずだ。
そしてこの新たな知性が、未曾有の危機を回避するためのルイーズの素晴らしい武器になっていく。

さて、全体像を先に知る、未来を見るといっても、それは未来の安全や幸福を保証するわけではない。
「線形的な」知性は、物事がどう終わるか、ということに重要な関心を寄せる。
わたしたちは「成功」とか「幸福」という言葉を使うとき、無意識物語のハッピーエンドや、もうそれ以上波乱のない平和をイメージしている。

物事にはじまりとおわりがある、と考えた瞬間に、どうしても意識は「ゴール・到達・成否」に強く縛られてしまう。
だけど実際には、曲が完成したとしても、試合に勝利したとしても、それは終わりでもなければゴールでもない。
音楽のラストノート、試合の最後の得点は、全体像を構成するひとつのシーンに過ぎない。
ほかのどの瞬間と比べても特別に大切な瞬間なわけではないのだ。

叶わない、と最初からわかっていたら、恋に落ちるのをやめるだろうか。
やがて悲しい別れが来ると知っていたら、その人と縁を結ばなかっただろうか。

わたしたちは心の求めるままにうかつに愛し、ひどく傷つく。
それを繰り返すごとに自分なりの「人生哲学」を強固にして、二度と無防備に誰かや何かに入れ上げたりしないように、心を戒める。
期待しすぎないように警戒を強め、小さな憧れの火に自ら水を浴びせて回る。それが賢いことなのだと思いこんで。

だけど、もしも人生という物語の全体像を最初から最後まで知ったとしたなら、傷つくことも、失敗も、避け得ないワンシーンだと分かったなら、きっと「結果」というたった一点だけにこだわる無意味さに気がつけるかもしれない。

どう生きても痛みはある。望まないことも起きる。だから未来は完璧じゃないと知ることは、ぜんぜん悲しいことではない。

結果より過程が大切なわけではない。過程より結果が大切なわけでもない。
結果と過程は、わたしたちが信じているほど違ったものではないのだ。
それは、同じ、あるひとつの体験・物語・全体像を構成する、どちらも欠くことのできないパズルのピースなのだ。

映画の終盤、ある重大な直観を得たルイーズは、イアンにこう尋ねる。
「もしもこの先の人生がすべて見えたら、選択を変える?」
それに対するイアンの答えは、
「……もっと自分の思いを相手に伝えるかも」。

手に入らない完璧に囚われて押し黙るより、叶わないと知っていても愛を伝えたい。
哀しみが待ち受けていてもあの短い時間、ふたりが同じ永遠を夢みて誓ったことは嘘ではない。

もっと素直に、自分の思いを言葉にして伝える。
もっともっと、自分の好奇心にしたがって冒険する。

だから双子座の精神は、転ぶと分かっていてもゆりかごを這い出して立ち上がる。
永遠には続かないと知っていても、友達に手を差し伸べる。

誰もが自分の人生を愛している。
完璧だから、美しいから、上手く行っているから愛しているのではない。
どの瞬間を見てもかけがえがないから愛している。

だからわたしたちはコミュニケーションする。
人生をかけて、新しい世界を知って、変化し続ける。
そこで巻き起こるすべての体験を、抱きしめるために。

今月の名作

『メッセージ』
2016年公開、アカデミー賞® 8部門ノミネートほか映画賞を席巻。
4K ULTRA HD&ブルーレイセット7,480円(税込)/Blu-ray 2,619円(税込)/DVD 2,075円(税込)発売中、その他デジタル配信中。
発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
© 2016 Xenolinguistics, LLC. All Rights Reserved.

岡崎直子/元・大手出版社社員。社員編集者からフリーライター期間を通して雑誌・新聞・書籍等で主にファッション系記事を執筆。
同時に占い師として複数の雑誌で連載を経験。
現在はYouTube、note等での情報発信およびオンラインでの占星学クラス等を開催。
https://www.youtube.com/channel/UCkBYHQILkcdeel-0KD7jbAQ
https://note.com/naokookazaki

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