星座とシネマ

雨の日には、雨を楽しむ
牡牛座×「日日是好日」

2021.04.19

今月の星座の気分を目覚めさせる一本の映画を肴に、あなたの魂を養うメッセージをお届けする星占い×映画レビュー。
今回取り上げる映画は、茶道が主題の「日日是好日」。
光、音、味わい、匂い、所作……ささやかな日常の間隙にひかる美に魅了される一作です。

written by Naoko Okazaki

茶室は一期一会の小宇宙だといいます。
にじり口を入ったらそこではもう現世の身分や諍いは関係がない。敵方同士の武士たちでさえ刀を置き、世事を忘れる。
田夫も侍も、そこでは誰もが等しく茶席の客であり、ひととき、従順に、供された一杯の茶をすする。

茶道ほど哲学的でなくとも、喫茶のぜいたくは世界中の日常に広く浸透している。
通勤路で買う一杯のコーヒーの香気や、日曜の午後に淹れる甘いミルクティー、レストランで満腹になったあと、名残惜しさを慰めるために深夜営業のカフェをさがしてそぞろ歩く幸福(残念ながら今は難しいけれど)。

ひと口飲めば、香りと味わいにほっと肩の力が抜けて、仕事や、心配事や、頭の中のごちゃごちゃを、ふっと忘れる。「おいしい」と思わずつぶやく。
できれば傍らに、ちょっとした静けさがあるといい。近くに植物や、空や、風があるとなおいい。
リラックスの瞬間に、春の緑のうるんだような濃厚さや、のどかな雲のまるまるとした白さや、都会の人波にも無関心な飄々とした風の一陣に気がつくから。

お茶の時間はささやかだ。
しかし一瞬にしてわたしたちを考えごとに追われる忙しい現代人から、世界の様相を悠然とながめる、気楽な趣味人の気分にさせてくれる。
 
2021年、4月20日から5月20日、牡牛座の季節。
牡牛座生まれの人だけでなく、すべての人にとって、瑞々しい感性とリラックス、自然界との繋がりを取り戻させてくれる季節。

牡牛座はよく「五感の星座」だと言われる。
前回の牡羊座が生まれたばかりの赤ちゃんの生命力を表すならば、牡牛座は赤ちゃんが少し成長して、身の回りにあるあらゆるモノに触ったり、口に含んだり、床をハイハイして身体感覚と知覚を発達させていく時期にあたる。

光の洪水の中でだんだんママやパパの笑顔を見分けられるようになり、ミルクの匂いに敏感になり、きらめくベルを転がすようなガラガラの音にキャッキャと笑うようになる。
五感で発見する世界はセンス・オブ・ワンダーに満ちて、実はこのとき、啓示を受けた高僧のように、赤ちゃんは壮大な奇跡を発見する。
それは、自分自身の心がここにある、という発見。
五感が開かれてくること、世界を新しく見つけることは、そのまま、それを味わっている自分の心を見つけることと同じ。

だから牡牛座的精神は、きれいな花を見つけたら匂いを確かめずにはいられないし、手触りの良いブランケットに触れたら頬ずりせずにはいられない。
それは世界の美しさを新たに見つけるたびに心ときめかせている、ロマンティックで感動屋な、ぜいたくな感性なのだ。

今月の映画「日日是好日」は、そんな誰の心にもある若々しい感性に滋養を注ぎ入れるような、しずかに深く、シンプルで、とても美しい作品。
日本を代表する名優、樹木希林の遺作としても話題になった、2018年公開の茶道をテーマにした映画です。

1993年から2018年までの25年間、黒木華が演じる主人公の典子が20歳のときから通い続ける「毎週土曜日の茶道の時間」を、ごく淡々と追いかけた日常の物語。
原作になっているのは作者自身の茶道の経験を描いたエッセイで、そこからも察せられるとおり、本当にさりげない映画なのだ。

「世の中には、すぐわかるものとわからないものの二種類がある。すぐわかるものは、いちど通り過ぎればそれでいい。
けれど、すぐにはわからないものは、長い時間をかけて、すこしずつわかってくる」

そこに深い哲学性があるということは聞き及んでいても、やはり茶道を習ったためしもない一般人からしてみれば、茶道の印象は面倒くさい礼儀作法であり、古臭い権威主義であり、なんとなくだけれど「見下されている」ような居心地の悪さである。
ふくさの折り方、茶筅を湯に通す奇妙な動き、ふすまの開け方、閉め方、畳一枚を歩く歩数、湯釜に柄杓を差し入れるしぐさ、重たい水指や軽い茶杓について「重いものほど軽々と、軽いものほど重々しく」持ち運ぶという、こころ配り、等々……。

伝統芸能や古典文化、貴族文化の中によく見られる、衣食住に対する細かい儀式的なルールは、幼いころから合理性の大切さを教育されてきた現代人にとって時間や、お金や、労力や、資源の、「盛大な無駄」に見える。
それは、人間が個人の自由と尊厳、合理的な思考と向上心を手に入れる前の時代の、古臭く迷信めいた悪習である、とすら思えてくる。

20歳のころの典子もまた、わたしたちと同じように思い、茶道の奇妙な作法を「意味がわからない」と小さく笑いながらも、しかしなぜか、毎週毎週、土曜日の茶道教室に通い続けることになる。

なぜ、と尋ねた質問に、すみやかに答えがかえってくることにわたしたちは馴れている。
Googleの検索窓に疑問を入力すれば、あまり野菜のレシピから幸せな人生とはなにかまで、ありとあらゆる悩みごとや考えごとに対して、世界中の人々が答えを教えてくれる。
ていねいに図解されていたり、高名な大学や研究所での実験結果を示してくれたり、動画で解説されていたり、とっつきやすいマンガになっていたり、いたれりつくせりだ。

便利で楽しいシステムであることは確かだ。しかし気がつけば頭を埋め尽くしているのは他人の言葉ばかりだ。
せっつかれるようにそれを追いかけているうちに、今自分がしていることが好きなのか、そうじゃないのか、わからなくなっている。
最初にたずねた疑問がなんだったのかすら、思い出せなくなっている。

ところが「形式張って無駄ばかり」のように思えたお茶の世界で典子が体験するのは、実はこれと真逆のことなのだ。

「なぜそうするんですか? なにか意味があるんですか?」という典子たちの疑問を先生はあっさり無視する。
「なぜって聞かれても困っちゃうのよね。とにかく、お茶ってそういうものなんです」
「習うより慣れろっていうでしょ。頭で考えちゃダメ。お稽古は回数なの」

聞いた質問に答えが返ってこない。むしろ、迷惑そうにされる。
現代人にとっては衝撃的な(なんなの、その時代錯誤な権威主義! 黙って従えなんて、こっちをバカにしてるの? 本当は先生なんていって、大してなにも知らないんじゃないの? お茶なんてやっぱり形だけなんじゃないの?)事態である。

お菓子をねだる子供にお菓子をあげると、おとなしくなる。
ネット上には「あなたが欲しい答え」がスイーツビュッフェのように並んでいる。胸焼けするまで食べられる。

しかし茶道の世界では、ピシャリとお断りなのである。
 
先生は淡々と容赦がない。
一貫して、まず「正しい形を覚えること」を徹底し、理由や意味や答えは一切解説しない。

理由や、意味や、答え。
わたしたちはそれを求めて、本を読み、勉強をし、ネットを検索する。
だけど茶道の世界では、それだけは決して、与えられない。
その代わりに、形をもとめる。
形とは、具体的にひとつひとつの手順であり、余計な物音を立てない所作であり、どのように食べ、どのような言葉を発し、どのように戸を開け、どのようにおじぎをするかといった、「体の動かし方」だ。
それは言いかえるなら、毎日、ごくあたりまえに誰もが繰り返す、ありふれた生活の動作を、無駄なく、静かに、美しくしていくという試みでもある。
この体の動かし方だけが、徹底して、ふんだんに、与えられる。

映画を見ながら少しずつ見えてくるのは、茶道における「意志決定する主役」は、人間ではないということだ。

主役はむしろ、茶室であり、茶道具であり、炭であり、お湯や水であり、茶室の周囲をめぐる季節そのものなのだ。
それら周りの「もの」や「環境」が望むままに、人は優雅な召し使いのように、お行儀よく、自然の調和をこわさないように、しずしずと決められた動きを繰り返す。
そこで尊ばれているのは、世の中で目立って評価されているのとは逆のこと。つまり、たおやかに、受動的であることだ。

やがて月日を重ね、茶道のお稽古を通して、典子はだんだんと、ハッとするような発見をするようになる。
お点前の所作が、ある日突然、自動的に手が動くようにできるようになったこと。梅雨の雨音と、秋雨の雨音が違うこと。夏の風の音が幼い頃の記憶を唐突に蘇らせたこと。白黒の掛け軸の向こうに自然の風景を見ること。

意味や、理由や、答え。
いまこのときを味わうことの意味。心が打ち震えた理由。ひとつひとつの所作がぴたりと周囲と調和する、答え。
それは、他人の言葉としてではなく、かけがえのない典子の体験として、典子の五感として、長い年月の内にときおり、前触れもなく、静かなごほうびのようにふっとやってきた。
 
そうしてまた、典子はだんだんと気がついていく。
ふくさの折り方をはじめて習った、最初のお稽古の日からずっと、先生があえて語らずにいるいくつもの、ほんとうにいくつものもてなし。無粋な言葉をあえて避けることで、発見の喜びを、その余白をそうっと残しておいてくれていたこと。
毎回毎回、典子がそれを理解できない初心者のころから、その日その茶席のためだけにていねいに用意された、美しい季節の和菓子と、茶花と、掛け軸があったこと。

気づくということは、それだけで魔法だ。
時を越えて、いくつもの記憶、いくつものシーンが、気づいた瞬間に押し寄せてくる。

茶道のしつらえは、ごくシンプルだ。
わたしがいて、お客さまがいて、その周りに季節が巡る。
思い巡らせればこれは、わたしたちの体験する人生の、エッセンスそのものではないか。

わたし自身と、周りの人々と、自然の世界と。
それらを巡って日々の営みがあり、どれも欠かすことはできない。
だから、それぞれの声に耳をすませる。
耳をすませるために、余計な言葉をつぐみ、物音を静かにし、五感を信頼する。
自己を表現するときは、ハーモニーを聞き、その調和に溶け込む音色でそうっと差し出す。驕りも卑屈もなく、自然に。

さて、茶道まではちょっと敷居が高く感じても、茶道の精神はさりげない日常に取り入れることができるように思う。
それは季節の野の花を一輪、生けてみることであったり、友人に似合いそうなきれいなカードでメッセージを送ることであったり、そしてもちろん、お気に入りのカップで一杯のお茶やコーヒーを味わうぜいたくであったりする。

イギリスでは女王のアフタヌーンティーの時間に合わせて、毎日女王と一緒に紅茶を飲むことを楽しみにしている人がたくさんいると聞いたことがある。
そこにはやはり、侍も農民も、茶室の中ではひとしく尊い客人であるという茶道の精神と、似たものがあるように感じる。

王宮に住むか、アパートに住むかは、そこでは重視されない。
わたしたちは繰り返す季節の中で、おなじとき、おなじ地上に居合わせた旅人同士なのだ。
ならば、茶席の客らしく、香り高い一服のお茶を楽しもう。
諍いはつまらない。それよりも季節を愛で、風を味わい、星々の饗宴に魅了されよう。
そうすれば、たとえ悲しみに暮れる日にも、社会がどんな肩書を貼り付けていようとも、気品と心遣いと、ロマンスを忘れることはない。

「雨の日には、雨を楽しむ」。
毎日が特別で、毎日、わたしたちはもてなしを受けているのだ。なんて、ぜいたくなんでしょう。

今月の名作

『日日是好日』
2018年公開、観客動員数100万人突破。
日本アカデミー賞、報知映画賞、日刊スポーツ映画大賞、キネマ旬報ベスト・テンなどで数多くの賞を受賞。
ブルーレイ(¥5,280)、DVD(¥4,290)発売中、
AMAZON PRIME Videoで配信中。
発売元:ハピネット/パルコ 
販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング
©2018「日日是好日」製作委員会

岡崎直子/元・大手出版社社員。社員編集者からフリーライター期間を通して雑誌・新聞・書籍等で主にファッション系記事を執筆。
同時に占い師として複数の雑誌で連載を経験。
現在はYouTube、note等での情報発信およびオンラインでの占星学クラス等を開催。
https://www.youtube.com/channel/UCkBYHQILkcdeel-0KD7jbAQ
https://note.com/naokookazaki

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