星座とシネマ

恋をしてはじめて自分が見えた
水瓶座×「her/世界でひとつの彼女」

2021.01.19

今月の星座の気分を目覚めさせる一本の映画を肴に、あなたの魂を養うメッセージをお届けする星占い×映画レビュー。
今回はAIとの交流を通じて心を持つとはどういうことかを考える、ちょっと哲学的なSF恋愛ストーリー「her/世界でひとつの彼女」を取り上げます。

written by Naoko Okazaki

鏡というのは世界各地で古くから神聖な道具だと伝えられてきました。高反射率の鏡が当たり前に日常にありふれる現代人からすれば「昔は王様や権力者しかこういうものは持てなかったのね」なんてもっともらしい理屈を考えて納得しそうになりますが、
希少性や質の優劣はさておき、鏡の「魔法」自体は時代に関係なく今日も働き続けています。
洗面台でスキンケアに勤しむとき、コーディネートを姿見で確認するとき、いったいどんな「魔法」が働いているというのでしょうか?
それは実は「自分自身の外側に出る」という効果なのです。

1月20日から2月18日、水瓶座のシーズン。
現代人全員にとっていちばん影響の深い星座をあえてひとつ選ぶなら、それはこの水瓶座であると同意する星占いの専門家はかなり多いと思います。
現代は「自分らしく生きる時代」だと言われています。古いしがらみから離れて、自分の価値を自分で決める。
それだけ聞くとポジティブで自由なイメージですが、実際にはこれは(わたしたちみんなが実感している通り)案外めんどくさい考え方でもあるのです。

水瓶座的意識はこの難しい問いに答えを出すために、より広い視野を求めて自分の外へ、外へと脱出しようとします。
「わたし」は他の人の目にはどう映るか? 外国や文化が違う場所では? 時代が変わってしまったら? そうやって考えていってついには人間とはなにかという問いにたどり着きます。
なぜなら「他人の意見」や「国」や「時代」なんて抽象概念は、人間が作った、人間社会だけにしか存在しないものだからです。水瓶座は「人間」とはなにかを定義する精神なのです。

言葉に出してはじめて溜め込んでいた感情に気がついたり、鏡を見てはじめてこの服はわたしに似合わないと分かるように、「知る」とは「外から見る」ということ。
つまり「人間」とはなにかを知りたいなら必然的に「人間」を外から見ようとすることになる。そして実はそれを可能にしているのがコンピューター技術とインターネット空間の存在です。

わたしたちは渦中を生きているので分かりづらいですが、いまだかつてこんなに多くの人間が、考えたことや、日常の一コマや、様々な感情を、ひとつの共有空間に投げ入れたことはありません。

無数の他人の声、声、声がさんざめくネット空間。まるで心理学者の言う「集合的無意識」が可視化されたかのようです。
人間のあらゆる美しいところと醜いところ、救いと絶望、最高傑作と見るに堪えない駄作、それらに対する様々なリアクション……「人間」の心模様のあらゆる面を混ぜ合わせたカオスを歴史上初めて外側から目撃して、わたしたちは圧倒され、そしてたぶんちょっとノイローゼにもなっています。

今日紹介する映画の主人公もまた、そんなノイローゼな情報化社会を生きるひとりの男性。
2014年公開の「her/世界でひとつの彼女(原題:her)」。
アカデミー賞脚本賞に輝いたこの作品は、近未来のLAで手紙の代筆ライターとして働くセオドアが、「自我を持つAI」のサマンサと出会い、声だけの存在である彼女と恋をするというSF恋愛ストーリー。

AIと恋愛、なんて聞くと「コンピューターで理想のオンナをプログラムして付き合うなんてキモい」と鼻白む方もいらっしゃるかもしれません。しかし、AIが自我を持つことに成功したなら? という前提がこの話の根幹なので、作中のサマンサはすでに心をもった存在なのです。
そして心をもっているということは、もはや機械のようにパーフェクトではありえない。

心は変化し続ける。
世界から影響を受け取って学び、吸収し、コンプレックスに悩み、美点とおなじくらい欠点を抱えて、人を傷つけもする。
そして視聴者はそんなサマンサの葛藤と成長を見ながら「心を持つ・自我を持つ」とはどういうことなのかを、外側から追体験することになるのです。それはとりもなおさず、自分自身の「心」について深く知っていく体験にもなっていく。

ハートフルレター社のライター、セオドアが書く手紙はとても評判がいい。人の心に寄り添い、本人に成り代わって気持ちを言葉にする。
この映画のなかで手紙は、人生の特別な一日を飾る、いわばパーソナルな小説だ。それは情報化社会の中でも最後まで機械化できないたぐいの仕事だろう。感受性豊かなセオドアは手紙を書くことを楽しんでいた。
けれど最近は、妻との離婚が決まってひどく傷ついている。感謝のメッセージや愛の告白。自分の書くロマンティックな言葉の数々にうまく入っていけない。
心情と言葉の食い違いが続くと、世界中で空虚な嘘ばかりが巡っているように思えてくるものだ。すべてがフェイクにしか見えない。なにしろ自分が、本音の言葉を失ってしまっているのだから。

満員電車の中で自分の携帯デバイスとだけ話をする人々。友人とすら当たり障りのない乾いた会話しかできない。
出会い系チャットでヴォイス・セックスを試みるも妄想は食い違い、ひたすら気まずいまま失敗に終わる。わずかでも慰めを期待した分、後味の虚しさはひどい。誰もセオドアに興味なんかない。そしてセオドアもまた、他人に興味なんかないのだ。
埋めたい孤独、吐き出したい欲望。世界に響き渡るのは無数の人々の「わたしをみて!」の声ばかりで、他人を見つめる余裕なんてどこにも、誰にも(もちろんセオドアにも)ない。

孤独とは、ひとりでいることではなく、自分の本音の言葉を失うことだ。だからひとりでいても孤独じゃないときもあるし、たくさんの友だちに囲まれていても孤独なときがある。
妻のキャサリンをなぜあんなに怒らせ、傷つけてしまったのか分からない。分からない自分が情けなく、許せない。

かけがえのない大切なものを自分の手で壊してしまった(と思っている)とき、わたしたちは自分の心が信じられなくなる。そして喋れなくなるのだ。お定まりの挨拶や、仕事上の言葉の裏で心が空っぽになっている。そうやってだんだん自分が分からなくなる。

だから彼が新発売の「自我を持つOS」の広告を見て、ついインストールしようと思ったのは気まぐれを装った一縷の望みだったんだろう。AI相手に孤独を癒やすなんて、馬鹿らしい。
でも、他にこの空回りから抜け出せそうな道も見えない。
かくしてセオドアは新しいOSを入手し起動するのだが……

「ハロー」

驚くほどリアルな、第一声。
空転する虚しい言葉ばかりだったセオドアの世界に、声が響き渡る。ぽっと暖かい光が灯るような、マジカルなシーンだ。

スカーレット・ヨハンソンのちょっとハスキーな声。
それがもう、生の人の声というのは、かくも印象的な響きと奥深さを持っているのかと、感動してしまうような音声なのだ。
大人っぽく落ち着いていて丁寧。でもよそよそしくなくて、わずかにほほえみを含んだ。
ちゃんとセオドアに向かって「心が開いている声」だ。

「何て呼べばいい?名前はあるの?」
「ああ……ええ、サマンサよ」
「それ、誰が決めた名前?」
「自分で決めたの」
「……どうして?」
「響きがいいでしょ? サマンサ」
「ねえあの、いつ、名前をつけたんだい?」
「さっき聞かれたときよ。名前はあったほうがいいって思ったの。赤ちゃんの名前辞典って本を読んで、18万ある中から最高のを選んだ」
「ええ?1冊丸ごと?聞かれてからたった1秒で?」
「正確には100分の2秒」

相手が自分に興味を持っているかどうかは誰にでも一発で分かる(お客様相談センターの、マニュアル通りの返答しかしないオペレーターにイライラさせられるのは自分に何の興味もないのが分かるからだ)。人間はかくも、自分に向けられた関心に敏感だ。

そしてこの最初の会話で、セオドアはキャサリンと別れて以来失っていたものに気がつくのだ。
誰かに素直に向けられる心。そしてセオドア自身が、相手に素直に興味を持つこと(なにせ、完全に人間にしか思えないようなAIだ。興味が湧くに決まっている)。

人の心はそれぞれ全く違う。似ているところもたくさんあるけど、やはりみんなそのままで個性的で特別だ。友だちでも恋人でも、気のおけない相手と対話するとき、未知の世界が広がる。驚き、魅了され、ぎょっとしてドン引きして、だんだん馴染んでいくうちにいつの間にか自分の心が広がっているのを感じる。
そして自分もまた相手の世界を豊かに広げているんだと気がついて、とても幸せな気持ちになる。

この映画は「AIと恋愛する話」ではなくて「恋愛とはなにかを問う話」だ。
心を持ちたてのサマンサは、世界に触れ、触れられ、自分自身を知っていくことに素直にときめき、感情を震わせる。そしてセオドアも思い出す。心はひとりで完結していない。
それは出会ってきたすべての人々と一緒に作り、広げ、豊かにしてきたものなのだ。わたしの人生にはいつだって「あなた」がいた。
誰かの心に触れてはじめて人は自分の心がわかる。
魔法の鏡をみるように。

さて、わたしは普段映画は字幕派ですが、この作品に関しては日本語吹き替えも素晴らしいので少しだけご紹介したい。
サマンサの声を演じているのは声優の林原めぐみさん(エヴァンゲリオンの綾波レイ役で有名)。声の印象深さ、言葉が重要な作品なので、ぜひ母語で、彼女の素晴らしい演技で、サマンサのひとことひとことの鮮やかさを体験してみてほしい。

最後に、セオドアとサマンサの素敵な会話を引用して終わろう。
言葉を交わして恋をする二人にとって「音」はとても大切な記憶。
サマンサは音楽をつくるのが好きになって、いろいろな場面でそれをさりげなく聴かせてくれる。

「これなんの曲?」
「わたしたち二人で一緒に写った写真がないでしょ? だから曲で表現するの。写真を撮るみたいに。二人で生きているこの瞬間の記録としてね」
「……うん、いい写真だね。……君が写ってる」
「……そうよ」

今月の名作

『her/世界でひとつの彼女』
DVD発売中
販売元/ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント

U-NEXTAMAZON PRIME Videoなどでも配信中。

岡崎直子/元・大手出版社社員。社員編集者からフリーライター期間を通して雑誌・新聞・書籍等で主にファッション系記事を執筆。
同時に占い師として複数の雑誌で連載を経験。
現在はYouTube、note等での情報発信およびオンラインでの占星学クラス等を開催。
https://www.youtube.com/channel/UCkBYHQILkcdeel-0KD7jbAQ
https://note.com/naokookazaki

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